こんな僕でも社長になれた - プロローグ
逃げる逃げる 僕は逃げて飛びつづける ──山田かまち
プロローグ
「……社長、そろそろミーティングのお時間です」
「……ああ、分かった。すぐ行くよ」
秘書の呼びかけに、パソコンのキーボードを叩く手を休め、顔を上げて応える。ふっと息をついて、席を立つ。窓の外に目を向けると、眼下に広がる、東京という大都会。
僕が初めてこの、渋谷という地を訪れたあの日から、早いものでもう三年が過ぎた。
(あっという間だったな……)
瞬間的に、今までのことが走馬灯のように、僕の頭の中を駆け巡った。
「社長……お疲れですか?」
僕の様子に、心配そうに秘書が尋ねる。
「ううん、大丈夫。ありがとう」
……少し、昔を思い出していたんだ。
目を細め、心の中でそっと呟く。
(こんな僕が「社長」か……)
すると突如、僕の目の前に、一人の男性社員が現れた。
「社長……やっぱりまだここにいらっしゃったんですね」
「……あ、いや、その」
「社長が逃げないようにお迎えに上がりましたよ。お願いしていた社長担当の例の企画、ちゃんとでき上がってますよねえ? ……僕、確かに今日がリリース日って、連絡してたと思うんですけど。……まさかまだできてないなんて、そんなはずないですよねえ?」
「え、えっと……は、ははは」
「できてるんですか、まだなんですか」
「……ご、ごめんなさいっ」
……こんな僕も、社長だ。
「人生、何が起こるか分からんねえ」
僕の母さんは今でも、こんな言葉をたびたび、口にする。
福岡の田舎町。傾きかけた古いボロ家が、子供の頃の住まいだった。貧しくても楽しかった毎日。それがふとしたきっかけで一変、どん底に突き落とされた。父さんが押入れを改装して作ってくれた部屋に、三年間に渡ってこもり続けた。プログラムに没頭し、山田かまちにあこがれた。新聞配達の傍ら芸大受験に挑み、果てはネットで出会った女子高生と結婚、そんな僕が今、なぜか社長。
右に行こうと思えば左に引っ張られ、前に進もうと思えば思いっきり後ろに倒される。振り返ってみれば、面白いほど、思うように運んでこなかったこれまでの僕の人生。
実を言うと僕自身、そんな過去について、つい最近まで、誰にも打ち明けられずにいた。誰かに話して、軽蔑されることが恐かった。笑われるのが恐かったのだ。
でも、あるときふと、それでいいじゃないか、と思えるようになっていた。
情けないことづくし。格好いいことなんて一つもなかった、僕の半生。でも、だからこそ、面白い。だからこそ、予想もしなかった今がある。
いつからか、そう思えるようになっていた。
笑ってください。
家入一真。挫折と逃亡、汗と涙。ちょっぴり奮起、ちょっぴりロマンスの全記録。
それでは、はじまり、はじまり〜。
次の章:第一章 貧乏な家に生まれて
目次
全文公開にあたって
プロローグ
第一章 貧乏な家に生まれて
第二章 「ひきこもり」だったあの頃
第三章 長いトンネル
第四章 起業前夜
第五章 ペパボ黎明期
第六章 成功、そして未来へ
エピローグ
新装版にあたって
解説 佐々木俊尚