こんな僕でも社長になれた - エピローグ
ナウでヤングなレンタルサーバー、ロリポップ!のサービスを開始して以来、早いもので五年の月日が経った。
考えてみると、開業当時、まだこの世に生まれていなかった息子は今や四歳。新たに三歳年下となる妹が誕生し、僕達は四人家族になった。アキコさんは相変わらず恐……優しくて美しく、しなやかだ。親戚も友達もいない東京という地にやってきて、一時はどうなることかと思われたものの、今では水を得た魚のように、日々、活き活きと都会暮らしを楽しんでいる。
福岡の父さんと母さん、妹弟たちも、元気にやっている。
もちろん、両親はもうお互い、一緒に暮らしていないけれど、でも、それぞれが、それぞれの場所で頑張って生きている。今となっては、僕は、それで何よりだと思っている。
「ひきこもりからIT社長へ」。
昨年、そんなタイトルの記事が世に出て以来、僕のもとにはしばしば、
「ひきこもりに悩む人々に向けたメッセージを……」
「深刻化するひきこもり問題について意見を……」
といった「ひきこもり」に関する取材の依頼が舞い込むようになった。
でも、現実に「ひきこもり」という問題と直面している人たちに向けて、こうすれば外に出られるようになります、こう言えばお子さんが社会復帰できます、といった魔法の言葉は残念ながら存在しないし、そうかといって、それ以外の言葉は、結局のところ無意味だ。だから僕はこれまでずっと、そんな取材に関しては、申し訳ないけれど全て、丁重にお断りしてきたのだった。
……でも今回、こうして、自分のことを長々と振り返ってきたうえで、一つだけ、強く思うこと。
学校に行けない、人の顔を直視できない、外に出られない。そんな悩みを抱えていたあの頃の僕に、今の僕から一つだけ、言葉を掛けてやれるとすれば、僕はこう言いたい。
「逃げることは、悪いことじゃない」
改めて振り返ってみると、小学生だったあの頃、どこかいかがわしい男女を前に逃げ出したあの日以来、僕の人生、逃げっぱなしだった。体育祭から逃げ、高校からも逃げ、大学受験を逃げ、仕事先から逃げ……。どんな困難にも真っ向から立ち向かうことがよしとされる世の中で、とにかくひたすら、逃げ続けることに、全力を注いできた。
あの頃の僕は、そんな自分のことをただただ、情けなく思っていたし、何度となく失望した。
でも、今、僕は思う。
逃げることは、決して悪いことじゃない。前に進めなくて立ち止まるくらいなら、全力で後ろ向きに走ればいい。尻尾を巻いて逃げてしまえばいいのだ。
どんな道にも必ず行き止まりはある。自分が、道の行き止まりに立っていることに気づかずに、前に進めないともがき続けるくらいなら、来た道をちょっとだけ戻って、やり直してみればいい。身動きが取れないことに絶望的になって、自ら命を絶ってしまうくらいなら、誰も追ってこないところまで、全力で逃げればいい。
世の中は広い。地球は、途方もなく大きい。どんな人にだって、どこかにきっと、何も恐れることなく、ハッピーに暮らせる場所があるはずだ。前に進まなくたって、逃げたって、生きてさえいれば、きっといつか、そんな場所にたどり着く。逃げることは、決して悪いことじゃない。
最後に、出版のお話を持ってきていただき、以後様々な助言をくださったワニブックス石井さん。執筆にあたり、大いに力になってくれたペパボ経営企画室・健太郎室長、広報のカヨさん。僕を支えてくれた妻。そして、どんな時も気長に見守ってくれた両親に感謝しつつ、筆を置こうと思う(と偉そうに)。
本当に、ありがとう。
二〇〇七年二月 家入一真
次の章:新装版にあたって
目次
全文公開にあたって
プロローグ
第一章 貧乏な家に生まれて
第二章 「ひきこもり」だったあの頃
第三章 長いトンネル
第四章 起業前夜
第五章 ペパボ黎明期
第六章 成功、そして未来へ
エピローグ
新装版にあたって
解説 佐々木俊尚